【2026年を迎えて】〜ものみな金色

Living & Becoming

標高差800メートルの箱根路を一気に駆け上がる若者を見ながら、
この人と私を同じ人類と分類していいのだろうか?と、新年から不思議な気持ちになっていた。
私達はカテゴライズが好きだから、「人類は。」とか「日本人は。」とか言いがちだけれども、
実際には考えられないくらい個体差がある。
能力も、環境も、時代背景も。

それなのに、
一日中、一年中、他人と比べて「上の下の」と感情を動かす。
そもそも学業、スポーツ、芸術、すべてに渡って試験だの選手権だのコンクールだのがあり、
そのせいで向上するのだと、いい感じに教育を受けて育っているから、
ある意味致し方ないとも言える。

もう20年近く前だが、英語講師で占星術師でもある市川先生がおっしゃっていた。
「人はよく、他人をうらやましいと思うでしょう?
でもね、沢山の人達を占っているとね、全然羨ましいとは思わなくなるんだよ。
政治家でも芸能人でもそう。
今はキラキラしてる人も、過去にそうじゃない時期があるし、
未来が危うい人もいる。
仕事がキラキラしていても家族に問題があったり、その逆もあるし。
だから、自分と自分の流れを正確に知って、流れに逆らわずに生きていくことだよね。
表に出てないことはたくさんある。
つくづく人は平等なんだなと気付かされるよ。」

この話を聞いて以降、
箱根路の若者への憧憬のようなものはあれど、
人をうらやましいと思うことは減った。
それでもまだ、
「なんか上手くいかないなあ…、あ〜あ…」と声なき声が出て、
私はなんだかな〜と薄ぼんやりした自己否定モードで、
袋小路に入るときはある。

「悉皆金色(しっかいこんじき)の願い」というお釈迦さまの誓いがある。
全てのいのちがキラキラと輝くまで、
自分は悟りを開かないというものだ。
お寺ではしばしば、そこからやや広がって、
「ものみなこんじき=生きとしいけるもの、全てが尊く輝いている」
とご住職が話されることが多い。
すべてのいのちに意味があり、尊い。
でもそれは、人を能力や今の状況で差別するな、というところにとどまらない。
他人と比べることに注力している時点で、
それは人生における大いなるタイムロスだ、ということ。
「自分のいのちが輝いていること」を
皆んな、すっかり忘れている。

世の中は、比べて向上する時代を終えようとしているどころか、
2026年は、自分に集中していないと、
生きづらさが増していく年になるように感じている。
「私とは何か?」を、
もう一度考える時代に向かっていく。

者皆金色。
一人一人みな金色。
あなたも私もみんな。
だから、周りじゃなく、自分を見る。
自分の本質を知る。
今年は、事あるごとにそう思いたい。
ことさらに何かをする人ではなく、
「静かにそこに在る人」として。

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