我が家の JKが通う学校のPTA役員は合理的に決まる。4月の頭に紙が配布され、
*役員をやります。
*他にやる方がいなかったらやります。
*役員はやりません。
の3択で、どれかに○をして出すのみ。
熱心な方が上2つに数人○をして下さるので、
「誰かが手を挙げるまで保護者会が終わらない」といったことは6年間で一度もなかった。
そして、子供達の体育祭もこれにならって、
*複数種目に出ます。
*1種目しか出ません。
の2択で、種目の希望を3つほど書く。
運動が得意で、
たくさんエントリーして楽しみたい、
あるいは勝利に貢献してもよい、という生徒は複数の活躍の場を用意され、
そうでない子は1種目に全運動能力を注ぎ、あとは応援に全エネルギーを注ぐというわけだ。
人の能力は様々だから、合理的でなかなか素晴らしい。
その体育祭がGW前に行われたが、私にとっては子育て最後の体育祭でもあった。
保護者が観に行ける2年ぶりの体育祭でもある。
特段運動を頑張りたくはない(応援を頑張りたい?笑)我が家のJKは、
今年も玉入れにハズレ、
綱引きにハズレ、
第3希望のビーチフラッグ🚩に出場。
中1から高3までの6学年対抗で、気力体力知力どれも下の学年に負けてはならん!のに、なぜか2年連続で1つ下の学年に敗北。
最上級生となる最後の体育祭で再び負けては前代未聞の事態とあって、
「旗🚩1つ5点なのよ、責任が重い」
日頃斜めスタンスのJKにしては可愛いことを言いながら先に家を出た。
霧のような小雨で、湿度が高く、勝利への欲もない私は笑、テンションが上がらない。
様変わりした原宿を堪能できると言い聞かせ、出場種目に間に合うようにのんびり出かけた。
代々木体育館に着いて二階の保護者席に座り、子供達の姿を見た途端。
どうしたことか、
ウルウルウルウル。
うちのJKがどこにいるのかさえもわからないのに。
両眼から水分が出て困る。
やがて時折嗚咽が抑えられないほど。
歓声でかき消され、隣りや前後の人に聞こえることは避けられたけれど。
若者ってすごい!
若いっていいなあ!
理由はたぶんそれだけだ。
この2年間。
生きているということを、実感することがなかったのだなと気づく。
でも、今、目の前にいる若者達は、みな生きている。
生きるエネルギーに満ちている。
高地トレーニングもどきを強いる大人のバカさ加減など、モノともしていない。
そう思ったら、
泣けて泣けて、
汗と涙でトンデモナイ事態となり、
フラッグ🚩が取れず、トボトボと歩く姿を確認しw、
タイトなスケジュールの中、急遽覚えた日向坂46のダンスを踊る姿を見たら早々に退散とあいなった。
JKの帰宅後、
「で、勝てたの?」と聞くと
「1点差で勝ったよ」とのこと。
ただし、少しでも反則とおぼしきものには手を上げて抗議→審判協議→再試合を後半何度も6年生皆で繰り返して、なんとかもぎ取った勝利らしく、
「醜い争いだった」と苦笑いをしていたが、妙に清々しかった。
日本中のほとんどの若者達は、この先世界がどうなっていくかを知らない。
特に東京で暮らす彼女達には、
予想外の悲しみと、
裏切られた苦悩と、
経験したこともない絶望とが、
おそらく待ちうけている。
それでも、彼女達は負けないだろう。
想像した未来と異なってもめげることなく生き延びて、
大人の筋書きどおりではない素晴らしい未来を作っていけると、
私は信じている。
若者の心と体と未来を、
平気で踏みにじって生きる大人達に、
気など遣う必要は、もう一切ない。
素直で善良であろうとする必要もない。
そんなことでポシャる私達だと思ったの?と大人を嘲笑って欲しい。
その神々しく美しいエネルギーを、
自分達だけのために使って、
どんな手段を使ってでももぎ取った勝利を思い出し、
その素晴らしい人生を、
どうか生ききって欲しい、
そう強く願う。